はて……これは珍しい。
随分と珍しい方がお見えの様ですね。
……あまり驚かれてはいらっしゃらないご様子ですね。
益々持って珍しい。いや、久方の来訪者に胸が高鳴ってしまいまして……少々無駄口が過ぎた様でございます。
小生は、蒼の従者の一人。こちらは蒼間棟の宮でございます。ようこそ、虚構の世界へ。まずは無事にこの地へと降りられましたことをお喜び申し上げます。
ここは異界より立ち入ろうとする皆様が初めに訪れるべき最初の場所であり、二つの世界を繋ぐ唯一の接点であり、現世を虚構へと映し変える長い回廊。
そして、最後の姿を記録する書庫でございます。
ここでは、全ての方が例外なく、定められた手続きにより、あるべき姿を与えられ、その姿を伴って奥に広がる間より伸びる通路へと進んでいただくこととなっております。
はい。どなたであろうとも、この定めを違えることは致しかねます。それが、この蒼間棟に課せられた役目でございますので、これを守らぬ方がいらっしゃれば、ここで終わり。現実に帰ることなく、ここに辿り着かれることのなかった方と同様、虚無へと還ることになります。
はい。他に路はございません。
ここでは、進むことしか選べません。
進むことを諦め、躊躇う者は、この蒼間棟より奥に身を置くことはできないのです。
そうですか。
それは充分なご覚悟です。では、そのお考えが変わらぬうちに、お名前をお聞かせください。
あるべき姿を表す名前を。それが、これから先の路を灯す光となりましょう。
なるほど。確と承りましてございます。
古の条約に従い、蒼間棟において、その名が唯一無二の存在であることを示すとともに、悠久の時を経た後にも決して失われることのない様、その名に関わる一切の記録を残し、その姿が成した功績を現実に伝えることをもって証明とさせていただきます。
これより先、その名こそが、自らを示すものであり、その名をもって表す姿こそが、自身の形であることをお忘れなき様に。
それでは、奥へとお進みください。
そうです。これから……行くべき世界と、そこへ繋がる扉が、やがて見えて参ります。それは一つかもしれませんし、恵まれているならば、いくつかの扉が、それぞれの色となって輝いていることでしょう。その中なら、一つを選んでお進みください。その先で、目指す目的が叶うことを微力ながらお祈りしております。
いえ、決してその様なことはございません。
しかし、真実の価値を問われると頑なに申されるのであれば……。
それが思う以上に悲しい結末を迎えるであろうことは助言申し上げます。
思うに、真実は残酷です。
誰も傷付けることのない甘い幻想を切り裂き、絶望と破局の淵へと追い落とす狩人の様なものです。
例えるなら、咎人の罪を問う者の所行の様に、それは無意味に百害を拡げ、それ自体は何も生み出そうとはしません。にも関わらず、まるで価値があるかの如く触れ回る者がおります。それがどれほどの混乱と恐怖をまき散らしているのかを気に留めることもなく……それは端から見る者にとって、決して気分の良いものではありません。
いえ、これは私としたことが……少々無駄口が過ぎた様でございます。
小生は、蒼の従者の一人。こちらは蒼間棟の宮でございます。どうぞ、甘き良き夢を。永久に覚めることのない享楽をその身に刻み、退廃の憂き目を謳歌する虚構の住人となることを選ばれることをお勧めいたします。
進むべき路の終わりが、訪れることのない様に。
この物語はフィクションであり、実在の人物、団体、機関、施設等とは一切関係ありません。肩を張らずに読める読み物としてお楽しみください。
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