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First009:道しるべ

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書斎のイメージ

 こんな遅くにすまない。
 用心して、夜遅くになるまで待ってから来てみたンだが……これではまるで……夜這か窃盗の様だな。
 む? 君一人なのか? それは……不用心だな。こんなアパートに一人で住んでいるなんて……君ほどの資産家が? とても信じられない。いや、それにしても、こんな夜遅くに男を部屋に入れるなんて、御両親に知れたら大変なことだ……まァ、尋ねて来ている俺の言えたことではないがな。と、無駄話は置いといて、本題に移ろう。あァ、玄関は厳重に鍵をかけておいてくれ。ここに来ていることは他人に知られない方が良いだろう。お互いにね。

 え? 俺かい? 俺だよ。俺……主税だ。君には矢車と言った方が思い出しやすいかな。
 ふゥむ……俺はてっきり、この変装を見破って中に入れてくれたのかと思っていたのだけれども……まァ、良い。これは用心のための変装さ。もしも、もしも、君が誰かに尋ねられたら、親戚の叔父が尋ねて来たとでも言っておいてくれれば良いと思ってね。少し歳を重ねた紳士の面持ちを作ってみたわけだ。

 残念ながら余り長居できないので、さっそく本題に移るが……その前に……その、もしも、もしも、だ。こんな老けた顔の老人が……その、本当に俺だと分からないままで……部屋まで通したのであれば、だ。君はもっと用心すべきだろう。たとえそれが君の人柄であったとしても、だ。
 世に多く徘徊する性根の悪い奴と言うのは、そういう君の優しさ……悪くいえば、人格の隙を見つけては、それを弱みにして付け込んで来るものだ。自分の身を自分で守りたいのであれば、もっと用心深い行動を身につけるべきだろう。

 いや、すまない。また話がそれた。
 俺がここに来たのは……例の銀行の件でね。あれから五日、俺の方では僅かだが進展があった。だが、どうにも受け入れ難い事実ばかりでね。それを信じるにしても……あまりに突拍子もないことばかりなので、どうにも整合が付け難く、依頼主への説明に苦慮している有様さ。
 そこで、どうしたものかと悩んでいたところで君の顔が思い浮かんでね。そう思うと一人で悩んでいても仕方がない。君ならばこの局面を打開してくれるはずだと直感が働いてね。それで……君には大変な迷惑かもしれないと思ったが、この様に押し掛けさせてもらったというわけさ。
 あァ、君がここに住んでいるであろうことは、前の時に尾行させてもらったので迷うことはなかったよ。まァ、これでも探偵なのでね。相手の身元くらい調べはするさ。

 そう怒るな……君は見た目に反して短気だなァ。まァ、怒るにしても、俺の話を聞いてからにしてもらおう。
 まずは、大金庫に関係する話からだが……これは多分にややこしい。

 あの銀行の大金庫は、大きく分けて、入金用、出金用、保管用の3つの部屋から出来ているらしい。そして、それぞれの部屋に入るためには3つの鍵が必用なのだが……肝心の鍵は2本しか存在しない。と言うのも、2本の鍵を組み合わせることで、3つめの部屋を開けるための鍵になる仕組みになっているためだ。
 頭取の話によれば、入金用の金庫に出入りするための1本目の鍵は銀行内で保管され、日頃の入金業務の処理ができる様になっている。もう1本の鍵は、銀行設立に尽力し、現在でも最大の顧客に当たるというある貴族が保管していて、月毎に異なる支払日に、その貴族が警備員を連れて銀行へと出向き、その貴族立ち会いの下で出金の処理を行う事になっているのだそうだ。
 そして、出金の処理を行う大金庫の部屋からでなければ、その奥にある保管用の大金庫に入ることができない仕組みなのだそうだ。

 複雑極まりない仕組みだ。そうは思わないか? この話を聞く限り、覆面強盗の一味が大金庫を見つけられなかった……と言うのは、案外と本当のことなのかもしれない。

 だが、連中の話を信じるとすると、合点のいかない難題が残る。
 そう、失われたと言われている大金庫内の金だ。もちろん、失われたのではなく、最初から空だったと考えるならば……銀行側の意見も正しく、覆面強盗の一味の話も正しいことになるのだが……それでは、別の真犯人がいることになる。

 では、真犯人とは何者か? 窃盗団が盗んだのではないとした上で普通に考えれば、2本目の鍵を有している貴族が怪しかろう。如何に多くの金を預けている貴族とはいえ、銀行には、その貴族が預けている以上の金があって然りだからな。
 しかし、肝心の大金は、貴族の持つ鍵だけでは入れない金庫の中にある。これでは、誰にも見られずに犯行を行うことは不可能だ。そこで数名の行員を買収して内部から犯行の幇助を受けたと仮定してみよう。
 仮に、すんなりと買収が成立し、事情を良く知る行員の手助けが得られたとしても、大金庫に収められている多額の現金を短時間のうちに運搬するのは、かなりの重労働であり、人目をさけて行うのは困難だろう。預けている金額が大きいだけに、小額を盗み出したところで、この貴族にとっては何の利益もないどころか、そんな凶行めいた噂が立つだけでも、不利益を被り兼ねない立場だ。そうなると、この貴族が真犯人であるとも考え難い。

 では、金庫の金は誰がどのようにして消し去ったのか? 帳簿の上では、まだ数千万円あるべき金がないとは、どういうことなのか? まるで意味がわかならい。

 分からないと言えば、自首したと言われている覆面強盗の一味が脱獄した。
 脱獄方法は不明。警護官の話では、奴らは別々の独居房に居れられ、右足を鉄格子と鎖で繋がれ、厳重な監視体制の下に置かれていたそうだが……今朝になって、全員が忽然と姿を消したそうだ。
 その警護官本人の話では、まるで煙の様に消えてしまった……ということらしい。右足を繋いでいた足かせの鍵と、独居房の鉄格子の鍵はかけられたままだったというから、これも怪異な事件として人の口に上ることになるだろう。

 それから、君が気にしていた貸金庫の鍵の件だが……こちらは極めて簡単な話だった。
 結論から言えば、鍵は一本も交換されてはいなかった。君に渡された鍵も含めて、すべて本物だったというわけだ。なるほど、行員が気付かなかったのも頷ける話だ。それでは、その本物の鍵を使っても開けることができなかったのか? それは、鍵穴の方が細工されていたからだ。
 そして、この一見単純そうでいて、簡単に思える話の厄介なところは、鍵穴を細工されてしまったことで、貸金庫の棚が並べられた壁ごと破壊しなければ、貸金庫の中身を取り出すことができなくなってしまったという点だ。
 中身を取り出すためには壁ごと破壊するしかない……しかし、それでは中身が潰れてしまう。運良く形を留めていたとしても、それが誰の持ち物であったのか確認する方法などありはしないだろう。結果として、そんな状態の貸金庫から何か物が無くなっていたとしても、誰も気付くまい。

 もしも、これら一連の事件が計算し尽くされた一つの犯罪の端々だったとして、君の推論が正しかったと仮定して、犯人は何を目的に動いているのか?
 貸金庫の鍵穴を壊した連中は、その貸金庫の中から、この犯行に見合うだけの価値のある何かを盗んだのかもしれないが……その事実を隠匿し、秘匿し、その犯罪事体を闇に消すために、今回の様な方法を考え出し、強行に走ったのだとしたら、貸金庫に収められていた、それほどの価値を生む代物とは何なのか?

 犯人に関心はないと言ったが、それは撤回しようと思う。
 今では、犯人を捕まえることが、私が受けた依頼内容の解決に繋がることの様に思えてならい。もちろん、それは可能性の話であり、この話を君にしたからと言って、君自身は俺に協力する義務は生じない……しかし、それでも、俺には君がこの事件と何らかの関わりを持っている様な気がしてならない。

 そこで、だ。君に会って、直接、真相を確かめることにしよう思ったわけさ。
 なァ、どうだろう? そろそろ本当のことを話してくれないか? 例えば……君は何者なのか? どうして、豊富な資産を持ちながら、こんなアパートに一人で生活しているのか? 君が、あの銀行を探っている本当の理由は何なのか? ただの興味だけで、あの銀行を調べるにしては、多過ぎる金額を預金している君の真意を知りたい。答えてくれるね?

おことわり

 この物語はフィクションであり、実在の人物、団体、機関、施設等とは一切関係ありません。肩を張らずに読める読み物としてお楽しみください。

物語

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最終更新日:2008年11月15日

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