頭取の変わり様を君にも見せたかったくらいだよ。
昨日の話をしてみたところ、頭取は心変わりしたかの様だった。そして、すぐに貸金庫の利用者名簿を用意してくれてね。あァ、これはその写しだ。急いで作ったものだから、走り書きになっていて、やや読み難いところもあるだろうけれども、そこは勘弁して欲しい。
まァ、何にしても、まるで人が変わったかの様な変容振りだったよ。そして、必ず依頼を完遂して欲しいと念を押されてな。まァ、依頼内容事体は、君には関わりのない話なのだがね。
あァ、この通りだとすれば、事件の当日に貸金庫を利用していたのは……16人の計算だ。
橘京介を覗くのであれば、15人か……いや、今月で解約している者が2人いるなァ。この2人は事件には関係ないだろうから、そうすると13人が相手ということになるな。
え? この中に貴族の出身者がいるのかって? それは……名前からだけでは分からない話だな。それに本人が貴族でなかったとしても、親戚が貴族の身分を持っているという者もいる。それだけで線引きをするのはどうかと思うが……。
しかし、君が興味を持っているというのであれば、調べておこう。貴族の身分ねェ……他に、俺が調べておいた方が良いことがあるか?
実際の住所? あァ、橘京介の様なことを言っているのか? しかし、価値のある品なのだろう? そんな物を買えるのは、よほどの金持ち……貴族や、大商人とかだろう。彼らが住所を偽って届け出たところで、何の利益もなかろう? まァ、余力があれば、調べてみることにしよう。
他には?
貸金庫を利用し始めた時期と、頻度? それは……ずいぶんと込み入った内容の話になるな。
その情報をどうやって頭取に用意してもらうのかも考えなけりゃならない話だ。それに、それを知ってどうするって言うンだ? それが分かったところで、橘京介との関わりを証明するための証拠にはならないと思うが……。
頻繁に利用している人間と、預けたままの人間を分けると言うのか? ふゥむ、まァ、そこまで言うのなら、信じよう。それが意味のあることだということを。
だが、時間は無限にあるわけじゃないし、こちらが調査に時間を費やしている間も、橘京介は行方を眩ますための算段を練っているかもしれないのだ。あまり意味のない調査ばかりを繰り返すわけにもいかないということを覚えておいて欲しい。
何? その心配は必用ない?
どうして、そんな事が言えるんだ? 君の言うことは分からないことばかりだな。
君に振り回されていると、俺自身の推理の域がどんどん狭くなって行く気がするよ。
頭取の娘の件だって? それが今、何の関係があると言うンだ?
詳しくは知らないが、解決には至ってはいないだろう。もし、娘が無事に戻って来ているというのなら、俺への依頼を継続する理由はなくなるだろうし……頭取の焦り具合を見ていれば分かることだ。
もしかして、それも関係があるなんて言い出すんンじゃないだろうなァ? それを話題に据えるのであれば、頭取は何を置いても協力を惜しまないだろうけれども……それは気の毒ってものだ。確信が持てないことを告げて、無用の混乱を招きたくはない。
そりゃァ、誘拐事件を解決すれば、相応の報酬を期待する事は出来るだろうが……失敗すれば娘の命を危険に晒しかねない話だ。そんな危ない橋を渡る度胸は俺にはないね。
それじゃァ、また、明日の夜に。
この物語はフィクションであり、実在の人物、団体、機関、施設等とは一切関係ありません。肩を張らずに読める読み物としてお楽しみください。
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